昭和49年01月09日 朝の御理解
御理解 第18節
「此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みんなもそのとおりにおかげが受けられるぞ。」
信心を続けておれば、生神様になって行けるという事ではない。自分の心の中に、段々物の見方、又は考え方が変わって来る。言うなら信心をする者は、肉眼を置いて心眼を開けと仰る。心の眼が開けて来る。これが生神への精進の段階であると同時に、我、神の子としての自覚が確認されて来るようになる。これは自分で。そこを、一段一段進めて行くと言う。その一段一段が大事である。
その一段一段が生神の自覚を強くして行く事で、その一段一段と言うのが、言葉を変えたら「節」という事にもなる。例えば、竹なら竹に、一節一節の節が出来て行く様に、人生の中には、どれほどの節があるか分からないけれども、その一節一節を大事にしながら、生神への道を、ひたすら精進して行くと言うのが、金光様の御信心であり、天地の親神様の、願っておられる信心だという事になると思います。
段々、神心が強うなって来る。人間心では無くて、神心が強うなって来る。段々、自然の働きを、自然を愛行するというか、自然のその働き、神様のその働きが、自分の心の働きの上に同化して行く、同じ物になって行く。そこで、昨日の御理解を引用致しますと、おかげを頂くから信心をするという様な生き方からは、これは、その過程ですから、必ず、そこを通りますよ、みんな。そこから入って来るのですから。
それから、段々、わが心が神に向こうて行くというのは、信心をするからおかげがついて来るんだ。その信心というのがです、信心するからついて来るおかげと言うのがです。有難い信心の妙境とでも申しましょうか、妙賀と申しましょうか。信心の喜びに浸れる。おかげの喜びに浸ると言うのではありません。信心の喜びに浸るという事です。全然、心の角度というものが変わって来る。どういう風に変わって来るのかと言うと、神様の方へ姿勢が向いて来る。
その過程においては信心をさせて頂いておると、言うならば信心のない者と言うか、生の人間では想像もつかない考え方が出来る様になって来る。いやそれがむしろ有り難うなって来る。そういう一つの過程はです、昨日も朝参りをしておる村内から参っておられる、ある婦人の方の御主人がご苦労なこつね、こげん早うからお前は御参りしてからと、こう言われる。その言われる事がです本当に有り難かったと言うて、昨日御届をしておられます。これは信心の無い者では分からんのです。
信心の薄い者じゃ分からん。そのくらいな事じゃありません。場合には本当に人非人と言われる様な事態にすらなって来る事があります。過程においては。勿論向こうは本当に悪口の意味での人非人だと、ありゃ本当に恩も知らないという風にです、恩を暴虐しておるかの様に言われる場合も有る訳です。所が信心を愈々進めていっておる者としては、本当にそうどこじゃなし、私は人非人だと言う事になって来るんです。人ではない人所謂人でなしとこう言う。そうです人でなしです。
人間の世界から神様への世界へ次元の違った世界へ棲み変えようとしておる過程においてそれが言えれるです。そこで今度はそこへ次元が変わってしまう。信心の本当の世界に棲み変えてしまう。生活と信心とが遊離しない一致してくる。それが当初の間は信心と生活が遊離する一体になって来ない。拝む時だけの信心であったり、神様であったりという様な程度の所を通る。生活全体が信心という風に変わって来る。そこからです次元が違って来る。そこの辺から私は心の目が開けてくると思う物の見方が変わって来る。
だから勿論考え方も変わって来る。そこに至って来ますと今度は、人非人と言うておった人達でも、成程神様じゃなと言う様に、合点をしてくれるようになる。成程信心者じゃなと。そういう風に考えられたら、本当に楽じゃろうな幸せじゃろうなと言うような、それが、人間の世界から神様の世界へと、行たり来たりしておる時が、信心しよってあん奴はという様な風に言われる訳なんです。
だからその間にです、私は様々なことなかれ主義的な生き方では、生まれて来ない。そこへすっきりとはっきり、信心させて頂く者のあり方と言うものが、生活の上にでも打ちだされて来なければならん。言うならば、事神様の事と言うたら前には進んでも、後ろには引かんという時代です。神様とのお付合をいよいよ深くして行く。その時分には人間との付合は、どうでもよいごとなってきた。
そういう時分です、大事なのは。人間が難儀と感じておる時に自分の事は、神様に向こうておる人達の見方と言うものは、それは難儀ではない。それを神愛と見たりおかげと頂いて、進んでいけれる。昨日一昨日、総代さん方のおせちの様な事を、毎年させて貰います集いがございました。丁度その半ばの何のことだったでしょうか、提さんが十五日、いつもあそこの謝恩祭であります。それで謝恩祭の案内を皆さんに、どうぞ十五日は皆さん御参りして下さいと言う事を言われてからのお話でした。
又ここでのお届でした。毎年宅祭所謂「謝恩祭」をさせて頂きますが、今年の御祭りはこりゃ謝恩祭という訳にゃいかん様な感じがしよった。去年は一人息子の喜代司さんをアッと言う間に亡くした。だからそういう時に神様に御礼を申し上げるお祭なんて、おかしい様に感じておった。所が去年の四月の十三日でしたから、段々日にちが経つにしたがってお祭りが後五、六日で御祭りをさせて頂かねばならんと言う事になって来た時に、やっぱり謝恩祭でなからなければならんと気が付いて来たと言うのです。
合楽の十三日と言や神様の願いが成就する日とさえ言われる、大事な大事な日にしかも朝参りをしてきて、みんな村内の方逹も沢山一緒に連れて来て、朝参りをさせてもろうてしかもここで御祈念、御理解しかもその御理解を頂きながら、手帳に写しながら半ばで息が切れておった。あれだけの信心、しかも人間的にも、こりゃ皆さんが、本当に良い人でした。だけではなく、それこそ村内でも、有名な親孝行人でした。家の喜代司は、親孝行だと言うことを、それが自慢でした。
それが確かに肉体は無くなったけれども、家の喜代司は御霊様になっても、親孝行をし続けておりますという事を言うております。やっぱり今年の十五日も、謝恩祭と銘打ってのお祭りをさせて頂きたいと言っておられます。氏が亡くなってこの方の様々なおかげがです、とにかく、手の平を返すように変わってきた。今うしろ藁工品は非常に大体が大変し難くなって、あの当時、どうにも行き詰ってしまっておった。所が量こそ纏まってはいないけれどもです、売れ又順調に仕入れが出来る。
仕入れが出来れば、又順調に売れる。もう喜代司さんの時分な、そりゃずっと買い付けをするために随分骨が折れよった。所が向こうから買うてくれという、こちらから無いかと言うてくる。その辺の具合という物が、量こそ纏まりませんけれども、家の嫁後が一人でやるのには丁度良い。私が身体がこんなですから、そりゃ電話番だけしか出来ませんけれども、嫁後が自動車を運転致しますから、それで丁度よい位の商いが出来て、言うならゆったりとした商いが出来ておる。
第一喜代司が亡くなりましたと言う事で、大変沢山な生命保険にかたっておりましたから。それを私は此処では只おかげ頂いた、おかげ頂いたばっかり言う物ですから分からなかったけど。客殿でお神酒を頂きながらの話に依りますと、幾ら幾らの金額、幾ら幾らの借金と言うのが、丁度一緒じゃったち。千二百万からの赤字で、あの時には喜代司さんも、とにかく首が回らん様な状態じゃった。
喜代司が亡くなったおかげで借金払いも綺麗に済んで、大きなことは出来ませんけれども、日々のおかげを頂いた。孫ですが頭が悪い、頭が悪いと言いよりましたけれども、是は頭が悪うてもよいと思われる事はです。非常に機械物扱うのが好き。ですから農機具はまだ今が六年生位ですけれども、今度の取り入れやら何やらは、みんな農機具の運転とか扱いは孫が致しました。
お父さんが亡くなったからやっぱあげん頭の悪いけれどもその事だけには、一生懸命お父さんがしよった事は自分がせんなんと、子供心にも思う様になったのでしょうか、又は御霊様がついておって、働いてくれておるのであろうかと思われる位に、おかげを頂く様になったと言う。先月のあの火事の時なんかはもう堤さん方の火事と。それも私は只おかげ頂いたおかげを頂いたばっかりでしたから、詳しく知りませんけれども。
その日の事を聞きますと、堤防の上の家に、下に自分の所の大きな倉庫があって、ずっと家に繋がっておる。その裏ばこう吹き下ろす様な風じゃった。それで神様の前に座って、一生懸命御祈念をさせて頂いておるうちに、火が完全に反対の方へ変わってしまったと言う。こりゃ村内のもんも、やっぱ信心しなさるけん違うという位におかげを頂いた。その朝嫁の照代さんが、御夢を頂いておるのがぐるぐる起こった、藁の火の上に真っ裸で座った喜代司さんが、一生懸命御祈念をしておる所を御夢頂いておった。
間違い無しに喜代司の御霊の働きを感じん訳にはいけんほどしのおかげを頂いたと言う、まぁ亡くなってからこの方の色々のおかげ話をしておりましたがです。だから私どもの信心がです。肉眼をおいて心眼を開かせて頂くとです。例えば一人息子を亡くするという様な事も、人間的には愛別離苦の悲しみと言う。この悲しみはいくら心の目を開いておっても、実際別れなければならんのですから。
悲しい事でしょう苦しい事でしょうけれども、
有り難いと言うものが、その場で出来なければならんのが、心の目を開いた人の生活だと思うんです。どうしてこんな腑の悪い事じゃろうか、どうしてこれ程信心しよってという様な事では無くて、そりゃ悲しい事は悲しい、苦しい事は苦しいけれども。そういう大きな節をです、苦しいけれども有り難いで、そこを通り抜けさせて頂けれるのがです。心が神に向かって進んでおる人達の、本当な事が本当に見えて来る生き方になって来るのです。亡くなって、もう八か月も経ちます訳ですから。
経って今頃家内とも、お婆ちゃんとも嫁とも話す事ですけれどもです。その事は苦しい事、悲しい事だったけれども、やはり御霊は、活き活きとして働いておってくれ。いや御霊は、生前以上に親孝行してくれておると言う事が分かってきた。だからそれがです、私はその事がある、そして即それを感じられる様になる事が、わが心が神に向かっておる人の姿であらなければならないと思うです。
そこに人間に不幸、不幸せと言った様なものはないという事。あるものは一切が神愛だ、おかげだという事が分かるでしょう。わが心が神に向こうて行くという信心。おかげを受けるから信心をしておるという間は、後からしか分からなかったり、分かったりである。けれども自分の心の目というものが開けて来る。いうならば信心をしておるからおかげがついて来るんだと言う生き方に変わって来るとです。それがそう見えて来るようになるです。そう感じられる事になって来るです。
そこに貴方が愈々助かって行っておるという事になる。その助かりの心その心が喜びになり。その喜びがそのままあの世までも持って行けるのであり、この世にも残しておけると言うのはそう言う事だと私は思うです。確かに信心をさせて頂いておればです、どう言う事があっても、それがやっぱりおかげであったと。そりゃ誰でも感じ分からせてもらう時が必ず来るです。けれどもその間がです、私は心が神に向かう信心をしておらないとです。その間が苦しいことであり、悲しい事になるのです。
だけに終わったんでは、和賀心が神に向こうておる信心をしておるとは言えない訳です。生神とはここに神が生まれると言う事である。自分の心の中がいつも、有難いという心で一杯だと。どちらへ転がしても有難いと言う答えだけしか出てこないと言う心の状態を、生神と言うのだという風にも言われますけれども。それは完璧にと言う事は、中々出来ないに致しましてもです、矢張り苦しい事は苦しい、痛い事痛い。悲しい事は悲しいけれども、有り難いと言う所位にはお互いが進ませて頂かなければならない。
それはわが心が神に向かうのを、信心と仰る。わが心が神に向こうて行く事を、楽しみの信心になれば、これは誰しもが受けれられるおかげである。みんながその様なおかげを受けられると仰る。けれども、ただおかげに終始したのでは、そういう心は及びもつかない。やはり、昨日に引き続いて、信心をさせてもらう。只今寒修行中で、皆さんが一生懸命、本当に皆さんの様々な工夫をしながら。
和賀心も練りだしながらの信心修行が出来ておられると言う事は、本当に尊い事だと思います。その事が即わが心が神に向こうて行く修行。生神への一歩一歩を楽しんでおられる、修行の姿だと思うです。いつも申します事ですけれども、教祖様が嘘を仰るとは思われない様々な体験から、これは教祖様は決して嘘を仰ってない。皆もその通りにおかげを受けられると仰っておられる事は嘘ではない。
だから私共もそこへ焦点を置いて、信心を進めて行くと言う事。全ての事に対してです。そして御礼の言えれる、普通で言うならば悲しい事、苦しい事であっても、その事に対して本当に心から御礼の言えれる。やっぱり今年の十五日の御祭りも、矢張り謝恩祭でなからなければならない事に気が付いたという意味の事を、堤さんが言っておられますがです。本当に何時も恩に謝する、報いる心と言うものがです、愈々強くなって来る所に、信心させて頂く者の幸せがあると思うですね。
どうぞ。